蕗谷虹児(1898-1979)は竹久夢二の紹介により少女雑誌に絵や詩を発表し、そのモダンな作風が読者の熱狂的な支持を得て、一躍人気スターとなりました。シャープな線によるペン画や、数々の雑誌を飾った華やかな表紙や口絵、明るくみずみずしい色彩に溢れた絵本の挿絵は多くの人に愛されてきました。童謡「花嫁人形」の作詩者としてもよく知られています。画家、イラストレーター、詩人、グラフィック・デザイナーなど、一人何役もこなす多才なアーティストでした。

明治31年
新潟県新発田市に生れる。本名一男。13才、母エツ死去。
大正元年
14才、同郷の日本画家、尾竹竹坡(おたけちくば)の内弟子となり上京。
大正 8 年
樺太放浪から帰京、21才、竹久夢二の紹介で、「少女画報」に虹児の筆名で挿絵を描いてデビュー。
大正10年
〜14年
23才、朝日新聞の連載小説の挿絵に抜擢される。「令女界」「少女倶楽部」などに表紙絵や口絵を描き人気作家となる。 「銀の吹雪」「睡蓮の夢」など詩画集9冊を出版。
大正14年
〜昭和 4 年
パリ留学。公募展サロン・ナショナル、サロン・ドートンヌに連続入選。 画廊ジウ゛イで個展。巴里画信を各誌に送稿。
昭和8年〜
帰国後、モダンな画風で一世を風靡する。8年、龍子と結婚。 10年、詩画集「花嫁人形」
昭和21年
戦後復刊された各誌に執筆再開。25年、絵本を描き始める。
昭和43年
小田急百貨店で「画業50年記念抒情画展」。以後、同画廊で6年間に5回、個展を開く。
昭和54年
中伊豆温泉病院にて急性心不全のため死去、80才。